戦争広告代理店

著者:高木徹
 でっちあげなどしなくても、編集と演出で白を黒とするなどたやすいことだと知っていたが、それを実例で示したドキュメントである。メディア&ネットリテラシーの良い教科書にもなると思う。
 この本には、ボスニア・ヘルツェゴビア共和国の依頼を受けた、アメリカのPR会社であるルーダー・フィン社のジム・ハーフが、巧みなPRによって、「セルビア=悪」の世論を形成してゆく様子が描かれている。
 著者は、「ルーダー・フィン社は、でっち上げ工作にかかわった形跡は無い」としている。それが妥当かどうかはともかく、ジム・ハーフはこの仕事について、全米PR協会の年間最優秀PR賞に応募して、危機管理部門コミュニケーション部門の最高位賞を獲得したとかかれている。少なくとも、あからさまなでっちあげなどはやっていないのだろう。そして、紛争の行方を左右するほどの情報操作が、CIAなどの国家機関ではなく、民間会社によって行われ、その結果を堂々と公開していると言うことである。(もちろん公開していない情報も多いだろう)

 ジム・ハーフは、でっち上げはやっていないが、「民族浄化」というショッキングだがあいまいな部分もある言葉を多用した。さらに、他のメディアが伝えた不正確な情報(セルビア側が不利になる)は、積極的に利用している。そして、障害となる人物、別にセルビア人側というわけではなく中立的な立場の人を、容赦なく攻撃して排除している。
 ジム・ハーフは、あっと驚くような手法ばかりを用いたわけではない。記者会見の案内を、会社・部署宛ではなく、担当者宛で発信する。そのために、各社の分野ごとの担当者名を把握し、人事異動や転職にあわせて更新している。記事にしやすいように、記者会見の内容を設定する。記者会見の出席者には、公式ステートメントの内容を印刷した紙などの資料を配布する。個別のインタビューや会談の後には、必ず礼状を送付する。こうした当たり前とも思える手法を、効率よく実行することが、その活動の基礎になっている。

 ただし、どこまでがルーダー・フィン社の功績かという疑問は残る。PR会社の力が、それほど凄いのであれば、最近のイラク・アフガン政策が人気が無いのはなぜ? まさか全員が民主党に雇われてしまったわけではあるまいに。
 また、この作品の前に読んだ「戦争請負会社」では、旧ユーゴスラビア紛争におけるアメリカ政府とPMFとの不透明な関係が指摘されている。本当は誰のために働いたのか?と言う疑問を抱かざるを得ない。アメリカ政府の許可がなければ、この仕事が出来なかったことは、作品の中にも説明がある。
 特に、ボスニア政府が急に金を出し渋って、両者の関係が終わるところは不自然だと感じた。金は外部から引き出すことができたはずではないか? この本の中(327P-328P)にも、アラブ諸国から資金を得たと書かれてあるし、「戦争請負会社」にもアラブ諸国からPMFへ資金が出されたことが書かれている。ジム・ハーフが作成した原稿を、大統領がそのまま国連で演説するほど頼っていたのに! ジム・ハーフがインタビューに答えて、「この仕事は、金をもうけようというものではありませんでした。(373P)」と言っているのも、信じがたい。「ルーダー・フィン社は・・・経済的には大幅な持ち出しだったと思われる(376P)」とあるが、突っ込みが足りないのではないか。最初から評判目当てで仕事を引き受けたとは思えない。別のPR会社がセルビア側の依頼を受けかけたが、形勢不利と見て契約を断ってきた場面がある。この会社は手付金まで受け取っていたのに、契約交渉のための交通費を請求している。こちらが普通だろう。ボスニア政府に金がなくなったので、ルーダー・フィン社が契約を解消したのならば、「そうだろうなあ」と感じただろうが。

 著者も書いているが、「セルビア人=悪」という手法で勝利したことは、長い目で見て妥当だったかどうか。ボスニア・ヘルツェゴビア共和国は、国内の大勢のセルビア人と隣国のセルビア共和国と、これからも共存してゆかなければならないのだ。
 別の問題も感じた。人類全体から見ると、少数派である先進国(日本も含まれる)が、大部分の富を所持している。国際世論とか国際社会というものは、さらにその一部分でしかない。その一部分が大きな力を持っている事実は冷静に認める必要はある。しかし、その少数派にアピールできたものは救いの手が差し出されるが、そうでない場合はどんなに悲惨な状況でも放置されるという世界で良いのだろうか。無視された多数派の不満と恨みは蓄積されてゆき、やがて爆発するのではないか。いや、もう既に爆発しているのか。
 「日本もPRをもっと強化すべきだ」と言う話には、うかつには乗っかれないと思う。

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