水爆搭載機水没事件 -トップ・ガンの死-

著者:ドウス昌代
 1965年、アメリカの空母から核兵器を搭載した艦載機がパイロットごと転落し、機体とパイロットは回収できなかった。1981年に米国防総省が過去の核兵器事故を公表したときは、事故現場は太平洋海上とされていた。しかし、グリーンピースが、実は沖縄沖であることを突き止め、1989年に公表する。
 公式の事故調査では、機体の故障はない、機体移動スタッフに問題なしで、パイロットに責任があるような結論(この本を読む限りでは断言していないようだが)になっている。著者は、関係者へのインタビューと報告書を緻密に分析して、調査結果の問題点を指摘している。それにしても、空母の上では、艦載機を人が押して移動させていたのか。今でもそうなのか?
 事故発生時、この空母は北爆任務についていた。そして補給と休養のために横須賀へ向かう途中で、核兵器搭載訓練訓練を実施していた。つまり、アメリカは、ベトナム戦争において核兵器使用を真剣に準備していたことになる。
 グリーンピースによる公表後の、日米両政府の動きにも取り上げられている。『日米両国が隠蔽を企てた』とあるが、隠蔽工作というほどの話ではない。非核三原則がらみで、あいまいな態度をとっているうちに、沈静化してしまっただけ。実際、私自身も、この事件の記憶(1989年)がない。事故発生時(1965年)は、核兵器のことは公表されていなかったが、日本政府が知っていたかどうかは述べられていない。(たぶん知らされていないだろうが)
 また事故とは直接関係ないベトナム戦争の推移や、非核三原則と関連させてライシャワー発言なども取り上げているが、この部分は必要かなあ。ポイントがぼやけてしまったような気がする。

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