敵は海賊 正義の眼

著者:神林長平
 シリーズとしては10年ぶり?そんなに間が空いてたか。しかし、10年ぶりにしては期待はずれ。主役たちの行動や性格が変わってしまったように思える。
  • 敵役に魅力が無い
     タイトルは「敵は海賊」だが、直接の敵は海賊以外のことが多かった。天使と魔鬼(海賊版)、人間を猫にも変えられるシステム(猫たちの饗宴)、不死の男(海賊たちの憂鬱)、顔の無い男(不敵な休暇)、暴走したA級知性体(A級の敵)と比べると、今回の相手は「小っちぇ~」と感じる。

  • どうしたんだヨウ冥(ヨウが変換できない)
     このシリーズでは、ラテル-アプロ-ラジェンドラチームよりも、海賊ヨウ冥の存在感が大きいと思っている。『おれを支配しようとする力には、手段を選ばず対抗し、必ず打ち砕いてやる。』逆にそうではない存在は、どうでも良い。海賊課は邪魔だが、自分を支配しようとしているわけではないので放っておく。それがヨウ冥という存在ではなかったのか?邪魔でもなく、自分の存在自体を知らない相手を、気に入らないからつぶすというのは、今までのヨウ冥らしくない。

  • おとなしいぞアプロ
     今回の作品では、アプロの存在感も薄いんだよなあ。暴れっぷりが足りない。『腹が減った』とか『食いたいのか(交尾したいのか)』と言っているだけ。
  • なにを言ってんだラテル
     ラテルが妙にお行儀が良いことを言っている。海賊でも目の前で殺されようとしていたら助ける?海賊を叩くためには手段を選ばないのが海賊課ではなかったのか。モーチャイを逆に利用してヨウ冥を倒せるならば、海賊どころか一般人が何人死のうとかまわない、というのが海賊課だったはず。「海賊版」では、『大津波がおこって沿岸の町に激災害が生じても』と考えている。
  • 話が矛盾している
     モーチャイの行動が、海賊課の存在を揺るがす可能性があるとなっている。しかし、モーチャイは、そのような行動はしていない。彼の行っているのは、個人的な海賊の殺人であり、まったく海賊課の脅威にはなっていない。海賊同士の抗争と海賊課による被害を考えると、海賊の脅威にもなっていない。"眼"を使っている限り、その状況は変わらない。
     また、"眼"を使うと肉体は眠り、精神が離れた場所で殺人を行うとされている。ならば"眼"を撃ったら、モーチャイが現れるのではなく、離れた場所で眼を覚ますはずでは?
  • 安いぞ本当の悪
     表面的な正義の観念で生きている人間など、珍しくも無いと思う。それに本物の悪を引き出された人間のやることが、ただの殺人?安っぽいじゃないか!
  • 誤植?
     第一版271ページでラジェンドラが「ヨーム・ツザキという表の自分にも縛られているわけです」と言っているが、「縛られていない」の間違いではないか?表の存在に縛られているのは普通だろう?それに『表のヨーム・ツザキが困ろうと、どうでもいい』と矛盾してしまう。

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